心の赴くままに!

赤に染まる朝日を見て、青空と白い雲を眺めて、金色の夕陽を見る、そして夜空の星に語りかける、、
そんな日々を過ごしたい。心の赴くままに!

龍馬を斬った男 その2

さぁ!今日も竜馬を斬った男を一緒に推理してみよう!


img830














(左、坂本龍馬 右、中岡慎太郎


昨日の記事で、現場の状況が解りましたね!手がかりはないのか分析してみましょう。

1)
遺留品が2つあった。
・下駄 京都先斗町(ぽんとちょう)「瓢亭」(ひさごてい)の焼印入りの下駄一足。「瓢亭」は新撰組がひいきにしていた料亭である。
・鞘 伊藤甲子太郎(かっしたろう)高大寺党党首で元新撰組参謀は、事件を聞きつけ近江屋は駆けつけ、この鞘を見て、「新撰組副長助勤の原田左之助のものである」と証言した。
2
)犯人は龍馬が醤油商近江屋いることを知っていた。
3
)犯人は「十津川郷士の者だが」名乗るが、龍馬が十津川郷士と関係のあることを知っていた。
4
)龍馬は何時も用心していて奥の倉にいるのに、風邪をひいていたので母屋の2階にいた。
5
)「ほたえなや」の声で、龍馬とわかったのは、竜馬の声を犯人は知っていた。
6
)正座して挨拶をしたのは、龍馬は犯人の顔を知っていた。「久し振りです。」と言った。
7
)犯人は「こなくそ」は土佐の言葉で伊予弁だ。
8
)慎太郎に止めを刺さなかったのは、竜馬が目的だった。
物証や手がかりは以上です。このことから犯人を推理してみよう。

遺留品から先ずは、新撰組が怪しいのでは?
「瓢亭」は新撰組がひいきにしていた料亭の下駄が遺留品として残っていた。
新撰組副長助勤の原田左之助の鞘が遺留品として残っていた。
犯人は「こなくそ」と言い頭部を斬りつけた。原田は土佐の伊予出身だ。
新撰組には確かに動機はあり、寺田屋事件で、龍馬と長州、三吉慎蔵が伏見奉行に襲われた際、龍馬はピストルで2人を射殺した。

新撰組は「殺人犯」(池田屋事件の時、龍馬はピストル隊士を2人殺している)として龍馬を捕殺する義務があったわけですから、もし暗殺を行っていたとしたら否定する理由はどこにもないわけです。
上記の4点から考えると案外簡単でした。犯人は新撰組、斬ったのは原田です。
・・・・・・・いや!よく考えると、あまりにも簡単すぎませんか、下駄とか鞘など犯人が直分る物を置いていくとは考えられないのでは、「こなくそ」も慎太郎が聞いたので、竜馬が言ったのかもしれないのです。
新撰組をはめようとした、何か意図的感じしませんか。
犯人は新鮮組でないような気がします。「じゃー誰!」ってぶんママに怒られそうですね!

ただ土佐藩と薩摩藩は最後まで新撰組説を強固に主張したと言います。大久保利通から岩倉具視に宛てた手紙の中で「暗殺犯は新撰組である」と断言した文章が残っているそうです。

はっきり新鮮組だと言っている薩摩藩も怪しいのでは?
薩摩藩の剣客で、すぐに思い起こされるのが、「人斬り半次郎」 こと中村半次郎ですね!

今日はこれまで、明日ゆっくり一緒に推理しょう!


 

龍馬を斬った男 その1

Posted by じょん May 28, 2006 23:57暗殺した殺し屋は誰だったんでしょうね・・竜馬が行くには詳しく書かれて無かったですけど、自分は今でも興味があります。)

龍馬を斬った男は、誰なのか?誰でも興味持ちますよね!
じょんのコメントにお答えしましょう。
と言いたいのですが、ごめんなさい!
この暗殺事件に関してこれまで、星の数ほどの書籍に数々の諸説が述べられています。
しかしながら、決定的な諸説はなく 「日本史4大ミステリーの一つ」 とされています
新撰組隊士説、幕府見廻り隊士説、薩摩藩説、土佐藩説、紀州藩説、その他も色々ありますが「完全な犯人像」を確定しきれていません。
困りましたね!
僕の得意な偏見と想像で推理してみましょう。
犯人を捜す早道は、犯行現場と言われていますので、現場に行って手口や証拠品など詳しく調べてみましょう。

龍馬暗殺の現場状況

38926801_624普段龍馬は、刺客対策として近江屋裏手の土蔵を利用していたが、風邪をひいていた為、母屋の2階に移っていた。
午後8時半ごろ、峰吉に軍鶏を買いに行かせ、龍馬と慎太郎の2人は、倒幕論について熱く論議を始めた。
午後9時頃犯人が「十津川郷士の者だが、才谷先生(龍馬の変称)がご在宅ならば、お目どうし願いたい」と名刺を出した。
昔相撲取りの藤吉が名刺を受け取り、2階の龍馬の所へ行った。(藤吉は2階に行く前に切られたかもしれない)

3
人が戸口から入って主人を脅した。入り口に1名ないしは2名。1階の近江屋新助をはじめとする住人脅しに1名。裏手に1名。(人数も定かでない)
藤吉が龍馬に名刺を渡して戻る途中に襲われて斬られる、藤吉が転げ大きな音がした。その物音に対して「ほたえな!」(騒がしい!)と龍馬が言った。
犯人は、この声か、藤吉が名刺を持って2階に行ったので、龍馬の居場所が分った。
犯人達は、2階の座敷に入り、正座して「坂本先生お久し振りです。」と手ついて挨拶をした。
龍馬は名刺をよく見ようと、行灯に手をやった時、いきなり犯人は、龍馬に斬りかかった。
床の間の掛け軸の血の跡からは、かなり近くからいきなり斬りつけたと思われる。
慎太郎はそれに驚き、脇差をつかみ立ち上がろうとした。
龍馬は、深手を負いながら床の間の刀を取ろうと、身をひねった後ろを、犯人に「こなくそ!」(この野郎!)と言いい、斬られた。
それでも刀を持ち、前を向いて受け止めた鞘を削り龍馬の前額にもろに刀が入り、この傷が致命傷になった。
慎太郎は手足など11箇所を斬られ、倒れた。
慎太郎の息のあるのが分ったが「もうよい、もうよい」と言い、犯人達は引き上げた。
龍馬は立ち上がり「慎太どうした、手は動くか」「残念、残念」と言い、隣の座敷まで行き「俺は脳をやられた、もうだめだ」と言い、血の海に倒れた。

今日はこれまで、明日ゆっくり一緒に推理しょう!



 

10日目~最終日 「バイクで行こう!中国・四国編」 完

CIMG3399CIMG3412










大山をぐるりと回る、大山循環道路を走る。

そして鳥取まで、鳥取砂丘へ
鳥取砂丘は、思ったより規模が小さくてがっかりだ。
風が強く「らくだ」にも載る事が出来なかった。

鳥取の知事が「スタバはないが、スナバはある」と言ったそうだが、ホテルの近くにスタバの看板を見つけて行くと、23日開店だった。
帰って金沢でニュースを見たが、1000人並んだとか!

CIMG3434最終日は、ただ金沢を目指し走る。500k!

疲れた!!

初日の鳴門大橋通行止めで、瀬戸大橋を渡る時の風で苦戦した事が最後まで響いた。


 


 

9日目 「バイクで行こう!中国・四国編」 角島大橋

tsuno002a昨日行く予定だった、角島!

今日行くとしたら、100k以上多くなり、今日の行程は500k超えとなる。

しかし、どうしても角島大橋に行きたくてそちらを選択した。

下道で出雲大社に行って米子までと思っていたが、中国道を選んだ。

僕達のツーリングは、1日下道で300k、高速で400kが適当だが、仕方ない。





角島大橋は、想像していた以上に素晴らしい所だった。

選択は間違っていないと確信したが、米子に着いた時は、もうクタクタになっていた。

米子駅前のホテルだったが、山陰をバカにしていたが、思った以上に栄えていた。
飲食店も多く、魚の美味しい店を吟味して入った。


 

7~8日目 「バイクで行こう!中国・四国編」 トラブル

P1040530しまなみ海道は、霧で走る事も困難な状態だった。

ヘルメットをしていても、白い霧の中から汽笛音が聞こえた。

これもあまり体験できない事だろう。






山陽道のSAで休憩の後、MッちバイクCB750のエンジンがかからない!

いつも出かける前は整備を万全にしているのに不思議だ。

JAFを呼ぶ、どうもバッテリーか走って充電する機能インジェクションかどちらからしい。

トラブルを解消するのに次の日の午前中まで潰れてしまった。

そして、その日はどしゃぶり!
角島大橋へは、翌日にして長門市大正館まで最短距離で走る。
山口県周南市~長門市まで100k1時間半の道のりだが、風と雨が気持ちいいくらい当たった!
合羽は着ていたが、シューズや首元はびしょびしょだ。!


大正館は、質素だが手作り感のある味のある、何一つとってもセンスのあるホテルだった。 CIMG3295


 

Article search
Counter and Time
YouTube
image
       
クイック
登録お願いします!
Profile
d5ce4983.gif


訪問有難うごさいます。
私は本ブログ管理者のふーと申します。
主人の赤影を紹介します。
生まれは能登、現在金沢に住む、バツ1の男性。
体は中年、心は少年!
いまだに夢を追っかけて、愛を捜し求めているらしい。これから赤い糸で結ばれる相手が何処かにいると今も信じる。寂しいのは嫌いだが、寂しい自分を外から見ているのは好き。
人情に篤いが我侭、何事も無計画、そして涙もろい!
Gallery
  • 鳥居醤油
  • TV観戦
  • 母は、あの空から見守ってくれている。
  • 初7日
  • 母へ
  • “ころ柿”
  • “ころ柿”
  • 能登島 野生イルカ
  • 地震
  • 牡蠣
  • 元気が出る曲!
  • 誕生日はA5
  • 謹賀新年
  • 香箱と宗玄!
  • 初雪
  • 能登島の海
Fund-raising