心の赴くままに!

赤に染まる朝日を見て、青空と白い雲を眺めて、金色の夕陽を見る、そして夜空の星に語りかける、、
そんな日々を過ごしたい。心の赴くままに!

能登のキリコ祭り

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「切籠(キリコ)」または「奉燈(ほうとう)」と呼ばれる高さ数メートル〜十数メートルの巨大な切子灯籠を使うことを特徴とするものである。

地域によって御明かし(おあかし)とも呼ばれる。主として7月から10月に掛けて夏祭り・秋祭りとして、現在も約137の地区で行われており、疫病退散を願って始まったとされる。前面中央部には漢字3文字で表した「キリコ吉祥文字」と呼ばれる地区ごとの願いや祈りを込めた文字を配し、「後美人」と呼ばれる背面には様々な絵(武者絵や風景画など)が施されている。中に灯り(昔はロウソクその他を使用したが現在はだいたい電灯)が入っている。上部には屋根や飾りが付いている。ただ実際のキリコの形や大きさはその地区・地区により様々である。

キリコ祭りは能登地方の住民にとって最も重要な祭りであり、この地区で生まれて都会に出て行っている人たちが、盆には帰省しなくても自分の町でキリコ祭りがある時には戻ってきて、祭りに参加している。そのため、祭りが行われる時期にはその地区周辺は交通が混雑するし、祭り当日は町内への車乗り入れが規制される場合もある。

輪島の「キリコ会館」に行くと、いつでもこのキリコが見れる。

そして、昨日僕にとっては今年最後の祭り「くじり祭り」も終わった。



 

 

西海祭り

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相変わらず昼は暑いですが、朝晩は涼しくなりました。

14日、生まれ故郷での「西海祭り」は、仕事の都合で行く事が出来ませんでした。

「西海祭り」は漁師、船乗りが多かった地区であることにより、大漁祈願、航海の安全祈願のお祭りで、天昭皇大神、豊愛大神、事代主命を祀る西海神社と松ヶ下神社から夕刻にそれぞれ繰り出した神輿(みこし)がキリコ、鉦(かね)、太鼓を伴ってお互いの地区内を唄をうたいながら巡行します。

途中、両地区の堺に遭遇する場所があり、そこでは、すべてが倍加したように壮快であり迫力があります。
宮入りした後、キリコや神輿が練り回り、最後に拝殿に神輿を納めるのですが、キリコが御神輿を納める邪魔をしてぶつかり合う、少々荒っぽい祭りでもあります。

この祭りは女性も参加します。
キリコを担ぐ女性の姿はおこし(腰巻きのことで、未婚女性で処女は赤色、既婚女性は桃色)に浴衣、前掛け、そして足袋にワラジという姿で、男性の姿も白いワイシャツに黒いチョッキ、白いパンツにゲートル、同じく足袋にワラジ姿(地元の老人によると戦争から帰ってきたものの服装がそのままこの形になったとのこと)といった一見変わった格好でキリコを担ぎます。
何故か、おこしは赤色ばかりですが!

ペルセウス座流星群

f5289f1c987831dc90fd78ae2e0aa6e6三大流星群、1月の「しぶんぎ座流星群」、12月の「ふたご座流星群」、8月の夏の「ペルセウス座流星群」ですが、ペルセウス座流星群が11日夜から14日朝までで13日に出現のピークを迎える。
毎年決まった時期に夜空の一点からたくさんの流星が放射状に流れることが知られており、これを流星群といい、流星が流れてくるように見える中心点を「放射点」といいますが、その放射点が「ペルセウス座」にあるのでペルセウス座流星群と呼ばれています
同流星群は、ペルセウス座にある「放射点」から流星が四方八方に軌跡を描く。ペルセウス座は真夜中に北東の比較的高い場所に上るため、午前零時すぎから明け方にかけて、肉眼で夜空を広く見渡していると、流星を見つけやすいという。 
山や高原など空の暗い条件の良い場所で眺めれば、1時間で4060個以上の流星を見ることができるでしょう。明るい流星が多いので、空が比較的明るいところでも楽しめる流星群です。
流星は、宇宙空間にただよっている0.1ミリメートルから数センチメートルのチリ(流星ダスト)が、秒速数10キロメートルという猛スピードで地球の大気に突っ込んできたときに発光する現象です。発光する高度は上空100キロメートル前後ですが、これを地上から見ていると、夜空を一瞬で駆け抜けていく星のように見え、簡単に言うと流れ星です。

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日の夜から夜空を見上げて願い事してください。

能登島

最近僕のブログで「能登島」を話題にしますが、詳しく教えて欲しいとの要望がありましたので紹介します。

石川県は、知っていますね!

石川は知らなくても金沢は知っていると思います。

北陸新幹線で今話題の金沢です。

金沢は石川の県庁所在地です。

 

さて、左手を出して手のひらを自分に向けてください。親指を少し曲げると能登半島の形になります。

1関節の右側に能登島はあります。

能登島は、縄文時代から人が住み、漁を中心とした生活が営まれ、船材の供給地、また海に囲まれた地形から海上航路の拠点として重視された土地でした。そして、江戸時代に入ると離島であることから加賀前田藩の政治犯の流刑地でありました。
昭和574月に悲願であった「能登島大橋」の開通により大きく変化し、のとじま水族館の開館を始めとしてガラス美術館、ゴルフ場などの観光施設が建設されました。

中島から平成11327日に「ツインブリッジのと」が開通して年間100万人の観光地として変貌を遂げました。

島内にはキャンプ場、RVパークも多くあります。
キャンピングカートレーラーの所有者は、是非一度来てください。

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石崎奉燈祭

昨日は、七尾市石崎町の石崎奉燈祭、石崎は和倉温泉の隣町、昔気質が残る活気にあふれる漁師町。
海の男達が年に一度熱い血潮をたぎらせる祭りが石崎奉燈祭である。
この祭りは石崎八幡神社の納涼祭が度重なる大火が原因で、明治22年、網すきの口添えで奥能登より古い「キリコ」を移入して始めたものであり、大火以前のお涼みは祇園系の山車だったといわれている。
能登に数多く点在するキリコ祭りは京都祇園祭の流れを汲むものであり、石崎奉燈祭も平成7年まで京都祇園社の例祭日にあたる旧暦6月15日に行っていた。

最近は8月第1土曜日。
祭り当日、どこからともなく聞こえる祭囃子が祭り気分を盛り上げる。ねじり鉢巻に地下足袋を履き、きつく締めたサラシにお守りを携えた男達とそれを見守る女達。
町中には「サッカサイ、サカサッサイ、イヤサカサー」と威勢のいい掛け声が響き渡る中、奉燈が進む様はまさに圧巻。なにしろ1基を100人程で担ぐのだから、その統制ぶりも見事。
夜には奉燈に灯火が献じられ、浮かび上がった武者絵や大書の墨字が幻想的な空間を醸し出す。
クライマックスの奉燈の乱舞競演では、担ぎ手、観客の興奮は最高潮に達する。

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訪問有難うごさいます。
私は本ブログ管理者のふーと申します。
主人の赤影を紹介します。
生まれは能登、現在金沢に住む、バツ1の男性。
体は中年、心は少年!
いまだに夢を追っかけて、愛を捜し求めているらしい。これから赤い糸で結ばれる相手が何処かにいると今も信じる。寂しいのは嫌いだが、寂しい自分を外から見ているのは好き。
人情に篤いが我侭、何事も無計画、そして涙もろい!
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