さぁ!今日も竜馬を斬った男を一緒に推理してみよう!





e7aaa6c6見廻組頭、佐々木只三郎に口止めした人物、その人物が黒幕で、それは誰なのかでしたね!
大政奉還直後のこの時期、15代将軍慶喜を新政府の要職につける画策を、盛んに会津や彦根藩などの徳川親藩が水面下にしていて、薩長連合や大政奉還に奔走した竜馬を要注意人物として普段からその行動をマークしていたと思われます。

そして実際、竜馬の政治力や各要人とのパイプが邪魔だったのです。
幕府側上士達は追い詰められ手詰まり状態だったので、何か手を打たねばと焦っていたのは間違いありません。
将軍慶喜が、暗殺を指示したとは考えにくいとのことでしたね!
当時、見廻組は、京都守護職だった会津藩主、松平容保の配下の組織です。
容保自らが一介の浪人である坂本竜馬の暗殺を指示したとは思えませんので、容保の意(徳川権力維持)を汲んだ上士達の一部が「竜馬暗殺」という行動に出たとみるべきです。
見廻組を掌握していた会津藩の中にその人物がいたとするのが一番妥当な推測です。

佐々木只三郎の実兄、会津藩士、手代木直右衛門は以前、尊攘派の志士、清河八郎を、弟の佐々木只三郎に命じて暗殺した前科があります。

今までのデーターから、無理やり考えをまとめましょう。
実行犯は京都見廻組隊士、佐々木只三郎、今井信郎、渡辺一郎、世良俊郎、桑名藩の渡辺吉太郎、京都与力の桂隼之助、その他数名、黒幕は会津藩士、手代木直右衛門に決定!

と言いたいのですが、手代木直右衛門の遺書が出できたのです。
内容は、
『坂本を殺したるは実弟只三郎なり、当時坂本は薩長の連合を謀り、又土佐の藩論を覆して討幕に一致せしめたるを以て、深く幕府の嫌忌を買ひたり、此時只三郎見廻組頭として在京せしが、某諸侯の命を受け、壮士二人を率い、蛸薬師なる坂本の隠家を襲ひ之を斬殺したりと。蓋し某諸侯とは所司代桑名侯を指したるなり、桑名候は会津候の実弟なりしを以て、手代木氏は之が累を及ぼすを憚り、終生此事を口にせざりしならん』
これって弟が犯人です。それを指示したのは桑名藩で、会津藩の実弟なので、何かあったら会津藩にも影響受けるから、話さなかったてことですね!

渡辺吉太郎は桑名藩でした。

ぶんママ何かが繋がってきましたね!段々見えてきました!もう少しです。

桑名藩が黒幕なのか?

今日はこれまで、明日は結論づけましょう!