20130106073054魏志倭人伝では、朝鮮半島の帯方郡(たいほうぐん)から邪馬台国へ行く道のりが記されている。
それによれば、邪馬台国まで12000里とある。
内容は、日本側に面した韓国の海岸まで水行で7000里、海峡横断に3000里と書かれている。差し引きすると、日本に上陸して2000里となる訳だ。
魏の1里は約80メートルほどなので、2000里は、160kにしかならない。
ここまでは邪馬台国は九州にあったとしか考えられないのだが、別の記載で不弥国(ふみこく)から南に水行20日ほど下ると投馬国に着くと書かれ、(不弥国の位置は、漢の時代にその当時力のあった奴国に送られた金印が発見された、博多湾の入口付近にある志賀島付近である。) 邪馬台国に行くには、ここからさらに水行10日かかり、その上、さらに徒歩で1か月もかかると記されている。
「あれー」って感じだ。

日本に上陸して2000里を2ヶ月もかかるのですか?
当時の中国の航行技術だと1日で300里ほど進めたらしい。つまり船だと1日で約24kだ。
紀伊のような気もしてきた。

魏志倭人伝を書いた人は計算できない人ですね!

これで皆さん!邪馬台国は九州とか紀伊とか言ってる訳ですね!
やはり矛盾だらけで魏志倭人伝は当てにならなかったですね!
困りましたね!
一度眠って明日又考えましょう!おやすみ!
つづく