himiko_g邪馬台国がどこにあったのか!と言う問題から外れるが、魏志倭人伝にはその後の邪馬台国の事も書いてある。
邪馬台国に敵対する謎の戦闘的な国家、狗奴国(くなこく)が南方にあったらしい。
狗奴国との戦争の間に、原因は定かでないが卑弥呼は死んでしまう。
卑弥呼の後、男が王となるが統制が崩れてしまう。
そこで卑弥呼の血筋を汲む、台与(とよ)という13才の少女を女王に立てることになった。すると、人々は服して内乱は収まり再び平和が戻った。
当てにならない魏志倭人伝ではここまで記載されている。
この後邪馬台国や狗奴国がどうなったのかは一切わからない。

100
年余り経った4世紀の終わり頃には、強大な統一王朝が出来上がっていたらしく、朝鮮半島に大軍を出兵して高句麗や新羅を相手に幾度も激戦を交えたことが史実に記録されている。
空白の1世紀足らずの間に何かが起きて強大な力を持った国家が日本に誕生したということである。
4
世紀は、謎の世紀と呼ばれ、日本の古代史の中でも空白になっている時期である。
中国側の資料もなく、この時期、日本の古代史がどういう状態であったのかよくわからないのだ。
5
世紀前半には、我国初の統一王朝として、大和朝廷が成立したことが判明しているだけである
なぞの100年の間に何が起こり、台与はどうなったか!1000人もの仕えていた女の人を一緒に埋めたとされる、卑弥呼の墓が解れば邪馬台国がどこにあったのか解るはずだ。

でもこれが解れば、ノーベル賞ものだ。
困りました。もう一晩寝て考えます。 つづく