心の赴くままに!

赤に染まる朝日を見て、青空と白い雲を眺めて、金色の夕陽を見る、そして夜空の星に語りかける、、
そんな日々を過ごしたい。心の赴くままに!

歴史

邪馬台国 壱

e0171614_1352217昔々、大和王朝のできる前、紀元3世紀頃卑弥呼と言う女性が統一していた、邪馬台国と言う国がありました。
その頃中国は4百年間も支配し続けた漢が滅亡し、代わりに魏、呉、蜀という三つの強国があらわれ中国全土を分割し互いに競い合う時代になっていました。
世に言う三国志の時代、中国と日本の格差を感じるでしょう。
ですから邪馬台国の事は、日本の資料はありません。
日本の古代史をあらわしたとされる我国最古の記録書、古事記や日本書紀には、邪馬台国や卑弥呼の記述は一切見当たらない。
三国志という記録書の中に当時の日本の様子を描いたと思われる記述が出てくる。
その2千文字ほどの記述箇所は魏志倭人伝と呼ばれ、我々はそれによってこの頃の古代日本がどのような状態にあったのか知る事が出来る。

この邪馬台国は日本の何所にあったのか?
紀州説、九州説、その他にも色々あり、この事も歴史のミステリーと言われている。

先ず何所にあったのが探ってみましょう。

唯一の資料である魏志倭人伝を参考にするしかないのですが、指示通りに行くと、陸地を通り越して遥か南方の海上付近に行ってしまう計算となる。
困りました・・・・・・・・・・。でもこの資料しかないので?
赤影流で推理をするしかないですね!

つづく

岩崎弥太郎 完

「第二次三井三菱海戦」はどうなったのでしょう。

反三菱勢力は発起人に三井武之助、大倉喜八郎、川崎正蔵、渋沢喜作(渋沢栄一の義兄)など経済界の重鎮が顔を揃え、さらに全国各地の豪商らが参集します。
前回と異なり、今度は強力な体制で臨んできます。
英国製新鋭艦6隻を含む24隻体制を作り上げます。対する三菱は27隻です。
反三菱勢力は団結して追い上げてきたのです。

弥太郎に運があると言いましたが、またまたまた撤回です。
蜜約関係にあった大久保利通は暗殺され、大隈重信も政変で役職を解かれ、政府の中枢には三菱をバックアップする者は誰もいなくなったのです。

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井上馨、大久保利通大隈重信




対する三井勢には、伊藤博文、井上馨など長州勢力を味方につけ、政府による保護の約束を取り付けます。
民権派の連中も参戦し、弥太郎たたきに拍車が加わります。
マスコミも反三菱勢に味方をして筆を揃えて三菱を非難するのです。
このやり方は、かつての弥太郎が「第一次三井三菱海戦」の時取った戦術をそっくり真似て、三菱の追い落としを企てたであります。
さすがの剛腹な弥太郎も今度ばかりは参ったようです。
営々として築き上げた全財産を失うかも知れない事態が続きます。激務と深酒の日が続き、心労と酒が過ぎた弥太郎は病に倒れるのです。
明治182月、弥太郎は闘い半ばにして無念の最後を迎えたのです。

弥太郎亡きあと、共倒れになっては困る!政府が調停に乗り出し、両者を合併させるのです。
こうして誕生するのが日本郵船です。
弥太郎の人生は、幸せだったのか、不幸なのか別にして、戦いの連続だったのは間違いありません。
東京の上野公園不忍池近くの岩崎弥太郎宅はゆとりのある大きい物ですが、心の中はゆとりが一度もなかったのではないでしょうか・・・・・・・おわり。


長い間お付き合いいただき有難う御座います。



 

岩崎弥太郎 その8

それは誰か!

200px-Eiichi_Shibusawaそれは「三井」です。またしても「第二次三井三菱海戦」の始まりです。
三井物産は体制を建て直し反三菱勢力が再結集するのです。
この三井の後ろ盾の中に、僕が事業家として最も尊敬する、岩崎弥太郎の強敵となった渋沢栄一
埼玉の生んだ偉人、資本主義の父と言われた渋沢栄一は、幾つもの国立銀行(現みずほ銀行など)東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙、秩父セメント(現太平洋セメント)、JR東日本、サッポロビール,帝国ホテルなど、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上と言われています。
渋沢栄一と岩崎弥太郎は偉大な実業家ですが、基本的な考え方はまるで違います。
二人の面白いエピソードがあります。
明治11年8月、渋沢栄一が三菱創設者の岩崎弥太郎から料亭に招かれます。
(
写真↑、渋沢栄一


岩崎は渋沢より6歳年上で、西南戦争の軍需輸送で大もうけし、政商として飛ぶ鳥を落とす勢いの岩崎は、対抗する海運会社が必要と考えていた渋沢へのけん制が目的で招いたのですが。

岩崎「僕と君が手を握れば日本の実業界を思うように動かせる。意味のない競合は避けて、手を組もう。」
渋沢「競合に意味がないとはどうしたことか。あなたの話は、独占という欲に目のくらんだ利己主義だ。申し出を受け入れるわけにはいかない。」
岩崎「君がやっている株式会社制度は、船頭何人もいる船のようなもの。事業というのは、唯我独尊で思いのままにやってこそ醍醐味がある。オーナー企業こそが理想の男の夢である。なぜに株主なるものを集めてまで事業を行うや」
渋沢「一人の知恵より衆人の知恵。一人の財力より衆人の財力を合併して大商いをなすべし。」 
岩崎「株主を多く集めれば、派閥ができたり主導権争いが生じたりする。会社の利益はまったく社長の一身に帰し、会社の損失もまた社長の一身に帰すべし。」
渋沢「事業は個人の私利私欲のためにあらず。広く社会から人力と財力を結集し、公益になることを考えるべし。あんたは小判だの宝石だのを懐に入れてあの世へ行くおつもりか。」

渋沢栄一は怒り、なじみの芸者を連れてその場を立ち去った、と言うお話です。
さて!「第二次三井三菱海戦」その後どうなったのでしょう。では又、明日は最終回です。

岩崎弥太郎 その7

8ac31705米国の船会社パシフィック・メール社は上海ルートをかなりの値下げをして挑戦してきたのです。
岩崎弥太郎は三井系の郵便汽船会社を三菱商会に吸収して、政府から巨額な補助金を与えてもらい何とか切り抜けるも、今度は英国系の船会社ペニュシュラル・オリエンタル社が立ちふさがるのです。
弥太郎は経営合理を実施して、大胆なリストラを行い、経費を節減し、運賃引き下げに対抗できる経営基盤を築きこれも切り抜けるのです。此処は「スゴイ」の一言です。
(旧岩崎宅の平面図)

昨日の記事で「運」がないと書きましたが、またまた撤回です。
此処からの弥太郎の三菱商会の発展は凄いです。
西南戦争が勃発です。もちろん弥太郎は政府軍につき、全面的協力し、三菱の所有する汽船はほとんど軍用船として活用し、この仕事を独り占めにし、これによって得た運輸代金は莫大な額が懐に転がりこんだのです。
同時に三菱は日本の海運をほぼ独占することにもなるのです。
弥太郎は多角化に乗り出します。為替業務、海上保険、倉庫業などの分野です。
三菱の口座で為替を組んだものは三菱の船舶を使い、荷物には三菱の保険をかけ、荷揚げには三菱の倉庫を使うという具合に、三菱の世話抜きには貿易ができない独占的システムを作り上げたのです。
戦争が起きれば、隣は儲かる!絵に描いたようなもので、三菱財閥は出来上がったのです。


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(写真上、旧岩崎宅表と裏)


「何だ!戦争で儲けたのか!」「なんか益々三菱の車に乗りたくなくなったなー」なんて言わないでください。
現在大手の企業はこのような話は一つか二つあるのですから!何も買うことができなくなりますよ!
例えば松下幸之助のナショナルは、誰が見ても「真似てる」と思う絵で、何とかという賞を貰った画家みたいに居直って「ピカソもコピーの天才だった」って言っていましたが、それに近い事しています。
他社の特許商品をコピーして製造販売して、裁判かけられた時は既に利益を十分にあげていて、ペナルティーを支払っても利益は残るという仕組みで伸びたそうです。
これも噂なので聞き流して許してください。松下さん!

本題にもどります。
その時代、独占禁止法がなかったにしろ、こんなことしたら誰か反発する人が出てくると思いませんか。それは誰か!では又、明日。


 


 

岩崎弥太郎 その6

「三井三菱海戦」はどうなるのでしょう。

これが虫の息だった岩崎弥太郎に台湾出兵というチャンスが来るのです。
「征台の役」です。明治政府は台湾の政情不安と邦人保護を理由に軍隊を派遣し、海外で展開するはじめての軍事行動を起そうということですが、薩摩勢が熱心に「征台」を主張したのに対し、長州勢は内政不安を理由にあくまでも慎重論の立場を取ったのです。
三井が長州勢についたのをみて、弥太郎は非長州薩摩勢につきました。米国などは日本軍事行動を非難しますが、結局中立の立場を宣言したため、外国船にたよる兵員や武器の輸送が出来なくなります。
長州側に立つ三井は動けません、弥太郎はそこに目をつけ素早く行動に移ったのです。
弥太郎は薩摩方政府高官らと接触し、軍事輸送の利権を手中におさめただけでなく、政府が「征台」のため外国から購入した船舶13隻を借り受け、兵員や軍需物資の輸送に乗り出します。
長州勢に殉じた郵便汽船会社は身動きができず、軍事輸送で多額の利益を上げる三菱商会を横目で見ているだけだったのです。
「三井三菱海戦」は三菱優位のうちに終結するのです。
弥太郎も「運」のある人ですね!弥太郎素早い行動が「運」をよぶのかもしれのせんが。

230px-Takaaki_Kato_suit200px-Kijuro_shideharaこの頃から、弥太郎の案内で豪遊する大久保利通や大隈重信など政府高官の姿が何度も目撃されています。弥太郎は政府中枢にも食い込でいくのです。
弥太郎の娘婿から加藤高明(←左)及び幣原喜重郎(←右)の2人の内閣総理大臣を輩出しています。
財閥創業者の娘婿が2人も首相になった例は他の財閥にはなく、三菱と国家の密接な関係がこのことで分ります。
どこかで聞いた話ですね!この頃から現在の政治の闇は完成してたのです。残念!
三菱、弥太郎、自民党斬り!ってとこかな!

三井との海戦に勝利をおさめた弥太郎の前に、次立ちはだかったのは外国汽船会社です。
運がいいと言いましたが、撤回します。一難去って又一難です。
「弥太郎さん!ヤッパリ汚いお金を元手にしたからじゃないの、次々災難来るのは?」
その時代、僕が生きていたらこんなイヤミ言いそうです。

外国の会社との争いはどうなったでしょう。では又、明日。


 

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