心の赴くままに!

赤に染まる朝日を見て、青空と白い雲を眺めて、金色の夕陽を見る、そして夜空の星に語りかける、、
そんな日々を過ごしたい。心の赴くままに!

岩崎弥太郎

岩崎弥太郎 その1

室戸から高知市の方に向かうと安芸市がある。
そこが三菱財閥の創設者、岩崎弥太郎の生家がある。
高知で一番見たかったのは、弥太郎の生家だ。彼はどのような所で生まれ育ったのか、すごく興味があった。
坂本竜馬は郷士の株を買ったのに対して、弥太郎の家は郷士の株を売り、岡田以蔵と同じく武士で一番下の身分だった。
弥太郎の生家は、生け垣を巡らした屋敷内に茅葺の母屋や2階建て土蔵があり、土蔵の鬼瓦には岩崎家の紋で後の三菱のマークの原型といわれる三階菱があった。
弥太郎が貧困の少年時代を送ったとされるが、想像できないほど綺麗で落ち着いていた家であった。


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縁側に腰を下ろし、竹箒を動かしている老人を眺めていると、「何処から」と土佐方言の入った言葉で問いかけられた。

老人は仕事の手を休めて隣に座り語りだした。
方言の入った言葉は、僕には半分しか分らなかったが、興味深い内容だった。

竜馬が亀山社中を海援隊に改編し蒸気船を手に入れた。
物の始めと言う意味の「いろは丸」と命名するが、この船は処女航海の時、紀州藩船「明光丸」と衝突し、宇治島沖で沈没した。
(海援隊は升屋清右衛門宅へ宿泊したことで、福山市鞆町に「いろは丸展示館」なるものもある)
この時、「いろは丸」に武器も積んでいたので、海援隊の被害はかなり大きく、紀州藩との間で、責任問題と賠償で難航していた。
交渉がうまく行かず頭を抱えていた竜馬のところへ弥太郎が訪ねて来て、「何が天下国家じゃ。好きなように脱藩して、好きなように飛び回って、ちと事故が起こったらもう止めたか。そりゃちと無責任すぎやせんか。あの「いろは丸」が走るまでにどれだけの犠牲があったか、大洲藩の国島六左衛門どのは、おまんにそそのかされて、「いろは丸」買った責任取って腹切った。それと、おまんがユニオン号の取引の時死なせた近藤長次郎、ワイルウェフ号で難破した池内蔵太、二人とも、地に足のついた真面目な奴じゃった。おまんの夢みたいな話に騙されて命を落としたんじゃ、おまんには奴等の分もやらなならん義務がある、夢を見せた分の責任がある。情けない。」と言ったそうだ。

老人の声は、時には竜馬、時には弥太郎の声に聴こえた。・・・・・・・・では又、明日。


 

岩崎弥太郎 その2

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(写真↑ 生家の背後にある蔵、壁面に三菱のスリーダイアのマーク)(写真右 表座敷に南面する小庭、石組は弥太郎が日本列島を形どって置いたものといわれている)


岩崎弥太郎は13代土佐藩主、山内豊照に秀才を認められ、21歳の時、彼は単身江戸へ遊学に出た。
江戸で勉学に励んでいた弥太郎ですが、江戸へ出てわずか1年、酒席での喧嘩がもとで投獄された父親の事を知り、高知に帰ってきた。
父親の免罪を訴えたことにより、弥太郎自身も投獄され、その後、村を追放された。
村を追放された弥太郎は、現在の高知市鴨田に住み、現在の高知市長浜で少林塾を開いていた吉田東洋のもとに入門し、才能を認められ弥太郎は土佐藩に登用されることになる。
長崎へ視察に行き、海外事情を学び、34歳の時、土佐藩の商社である土佐商会の長崎駐在員として長崎に赴任した。


ゆっくりとタバコを吹かしながら、老人の話は続いた。

1
回目の交渉の場所長崎銭座町の聖徳寺、紀州側よりは明光丸艦長・高柳楠之助をはじめとする乗り組み九名、海援隊・いろは丸隊長・坂本龍馬をはじめとする八名で行われた。
 
艦長・楠之助 「さて、互い航海日誌の記録を照らし合わせたところ貴艦いろは丸の操縦間違い、不注意による衝突であったことはあきらかと思われる。わが紀州藩としては藩主より特別のご好意をもって見舞金一千両、一万両の貸与をくだし置かれるものとする」
隊長・龍馬 「待たれよ。我がいろは丸は船価三万両、積み荷数万両、それを沈めた見舞金が一千両とはなんですか。それに一万両を「貸してやってもよい」とは・・・」
艦長・楠之助 「されど、貴艦には船上に国際規約に基づきたるマストランプの灯火なく、非はそちらにあり。当方には賠償の責これなく・・・」 
隊長・龍馬 「マストランプの無しとの証拠、いずれにありや」
艦長・楠之助 「当方航日誌によれば、衝突の際、貴艦船員に問いただせし所、いろは丸にはもとよりマストランプこれなく候との証言あり」   
隊長・龍馬 「おい、ランプがついてなかったち、言うた船員は誰じゃ?」
いろは丸・船員 「・・・さあ・・・・」 
隊長・龍馬 「その船員の名をお聞かせ願いたく」    
艦長・楠之助 「当艦の士官・前田、岡崎の両名その証言を聞きしが、不覚にも貴艦船員の姓名を聞く事を忘れたり、」
隊長・竜馬 「なんじゃーそれ!」全員ズッコケル 
                      
とにかくさすが葵の御紋、紀州藩は「悪くない」の一点ばり。相手が土佐藩でなく、どこの馬の骨ともしれぬ海援隊という烏合の衆と知ったので居丈高になって、結局1回目は平行線。

龍馬と海援隊は、トボトボと帰って行くのでありしまた。・・・・・・・・では又、明日。

岩崎弥太郎  その3

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(写真 岩崎弥太郎の銅像は、何故右手を横に出しているのだろう?)



ここは長崎西浜町海援隊本部、全員が集まり会議を行っております。
長い沈黙の後、陸奥陽之助が席を切ったのです。
陽之助 「隊長!隊を辞めさせてください」
竜馬  「陸奥!なんじゃ不甲斐ないわしに愛想尽かしかや!」
陽之助 「違います、このままでは隊は破滅です、高柳楠之助を斬って自分は腹を切ります。」
竜馬  「愚かな事や、高柳楠之助を一人斬ってもどうにもならんぜよ!」
陽之助 「紀州藩を背中に背負った居丈高な態度、許せんのです。」
全員  「先生!わし等も同じ気持ちです。」
龍馬  「困ったねや。いずれ幕府倒そうちゅうモンが、御三家ひとつにこない手を焼くとは情けない。それにしてもあいつらあんなに交渉が上手とは思わなんだ。」
皆で切り込むという隊員をなだめ、独りになるとさすが竜馬も出口のない交渉に諦めの心境でした。
そこに土佐藩土佐商会の岩崎弥太郎が訪ねて来るのです。
弥太郎 「この度は大変な災難でしたね。」
龍馬  「おうー弥太郎か」「ああ・・・災難も災難じゃ、大災難じゃ、いろは丸が始めての航海で沈んだ、えらい損害や、船だけやない、あそこにゃ長崎で仕入れたばかりの最新式のミニエール銃が三百九十丁も積み込んであったがじゃ。一丁十五両としてなんぼじゃ・・・・・・・・」
弥太郎 「五千八百五十両です。」
龍馬  「そうか! とにかく紀州藩は、コマイ船が避けるのは当たり前じゃって、全然払う気はないし、もうイヤになったぜよ。」
弥太郎 「交渉を放棄するちゅうこちですか!」
龍馬  「そんなこと言うちょうらんが、どうにもならんぜよ」「わしゃ不運の男じゃ」「おまんのような、そろばん侍にはわからんぜよ。」
そこで弥太郎は、前の記事に書いた言葉で龍馬を戒めたのです。
弥太郎 「わしはな、おまんのことを羨ましいと思っておったんじゃ、わしは学問はできたが剣術ができん、船も動かせん、家や親や土佐藩を捨て飛び回る度胸もない、郷士株を買って侍になった裕福な家の息子、わしは逆に郷士株を売って地下郎人に落ちた貧乏人の小伜じゃ、何が不運じゃ、おまんはわしにないもんを全て持っとるやないか、何もかも持っとるおまんが頑張ってくれんと、わしらもやる気になれんじゃないか!」
龍馬  「・・・・・・・・・わかった!弥太郎わしが間違うてた、明日は紀州藩との最後の交渉じゃ、すまんが力かいてくれ!」
弥太郎 「承知した!」「先ず記録を徹底的に洗いなおす。」

こうして弥太郎は、最終の交渉に参加するのです。・・・・・・・・・では又、明日。

岩崎弥太郎 その4

二日目の交渉、聖徳寺の本堂に場所を移します。

20100921_1169660艦長・楠之助 「いかがであるか。貴艦としては見舞金一千両を受け取って交渉を終えるが最善の策と存ずるが。」
岩崎弥太郎  「お、お待ちくだされ!」
艦長・楠之助 「・・・お主は?」
弥太郎    「拙者、土佐藩、土佐商会会計主任、岩崎弥太郎と申すものにて候。」
艦長・楠之助 「その会計屋さんが、何用でござるか。」
弥太郎    「そちら9人、こちらは8人と聞き、不公平でござるので、助っ人にまかりこした。」
艦長・楠之助 「ほぅーしかしもう交渉は終えるところだ」
弥太郎    「その前に、確認したい事があり申す。」
艦長・楠之助 「何だ!」
弥太郎    「此処に、そちらから出された航海日誌がある、この中でいろは丸が沈没する時、全員を助けたと書いてあるが間違いござらぬかぬ」
艦長・楠之助 「それは助けるのが人の道、そちらが悪いからと言って、見捨ててはいかぬ、武士の情けである。」
弥太郎    「かたじけない!ところで41名を助けたとあるが相違ござらぬか!」
艦長・楠之助 「間違いないが、それがどうした。」
弥太郎    「一度紀州藩に勤めたことがある伝助が顔見知りだったので、始めに伝助を乗艦許可し助けたとある」「伝助は一番初めに縄梯子を上ってきたとある。」
艦長・楠之助 「そうだ!うちの当直士官が乗艦許可した、そのようなことどうでもよいではないか、こちらの航海日誌は間違っているはずかなかろう。」
弥太郎    「こちらの船員総勢34名!伝助は足を怪我しており縄梯子は上れず、仲間が負ぶってそちらの船に移ったもの、この事どうか説明してくだされー!」
艦長・楠之助 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
弥太郎    「夜中の航行にもかかわらず、当直士官がいなかったのでは?」
艦長・楠之助 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
弥太郎    「先日のお集まりの折、いろは丸のマストランプに投光されていないとのこと、当直士官がいないとのことであれば・・・・・・・・・・」
艦長・楠之助 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

艦長・高柳楠之助も絶句し、完全に形勢逆転です。
こうして紀州藩から七万両の賠償金を貰うこととなり、竜馬は弥太郎を共同経営者と同じ扱いで海援隊に入れます。
龍馬の暗殺は、この事を恨みに思った紀州藩士の反抗という説は今でも有力です。
弥太郎が龍馬の死を知ると同じ頃に紀州藩から7万両が届きます。
弥太郎は目の前に積まれた七万両の千両箱を前に「坂本さん、わしゃこれ、どうしたらええですか」と立ち尽くしたそうです。

この七万両のうち四万両が土佐商会の預かりとなり、その運用資金をもって独立した岩崎弥太郎は、九十九商会、三川商会、そして「三菱商会」を立ち上げ、最近色々問題の多い三菱の元となったのです。

いろは丸事件を語った弥太郎の生家で掃除していた老人の話はこれで終った。


いろは丸が沈まなかったら、三菱はなかったかもね!


又、明日!

岩崎弥太郎 その5

yjimage弥太郎の生家でお会いした老人は、弥太郎のことを誇りに思い、ボランテァで掃除をしていました。老人には悪いですが、弥太郎の悪い噂もあります。
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写真←、岩崎弥太郎
あくまでも噂であって、本当のことは定かでありませんが、個々に推測して楽しんでください。
紀州藩からの7万両の内、4万両を土佐商会が預かったと記事にしましたが、普通考えてみると、何故土佐藩が預かるのかと言う疑問を持つと思います。
海援隊に援助した事実はあるが、貸していたなら返したとなるわけで可笑しな話です。
このお金は海援隊の物のわけですから、隊で分配したなら、納得できますが・・。





gotou7万両全て弥太郎が着服したのではないかという噂まであります。
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万両だけでなく、後藤象二郎が長崎に回送した樟脳代金16万両合わせて23万両もの大金が行方知れずになったとの噂まであるのです。
維新のどさくさの中、証拠の書類を焼却し、象二郎も事情を呑み込んでいたので追求されずに終わったとのこと、弥太郎が終生後藤象二郎に頭が上がらなかったのはこうした事情があったのではと疑いを持ちます。
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写真←、後藤象二郎

弥太郎はその後、土佐商会が大阪に移り大阪商会になると、彼は商会代表として土佐藩の海運事業を一手に握ることとなります。
その後、土佐藩の権小参事に就任し、土佐開成商社を設立します。
藩所有の船舶を貸与され、半官半民の商社になるわけです。
この会社は後に九十九商会と改称し、藩所有の財産と船舶のすべてが彼に任され、九十九商会は三菱商会と改称し、岩崎弥太郎の完全な個人の商社となるわけです。
弥太郎が何処からか大金を懐にして、なんらかの動きをし、このようになったのは間違いないと思います。
これが事実とするなら背任横領の金が三菱の基盤を築き上げる元となるわけで、これを書くと三菱関係の人は怒るでしょうが、このような噂もあるとのことで聞き流し許してください。

ここまでは上手くことは運びますが、すごい強敵が現れます。
半官半民の「郵便汽船会社」、この海運会社は政府の手厚い保護のもとにおかれていた。半官半民とはいえ内実は、三井の支配下におかれた船会社なのです。
三井と三菱が四つに組んだ海運をめぐる戦争「三井三菱海戦」がこうして始まったのです。
激しいダンピング競争で大赤字を抱え、経営は破綻状態に追い込まれ、あと何ヶ月持つかという状態まで弥太郎も追いつめられていくのでした。

「三井三菱海戦」はどうなるのでしょう。では又、明日。


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