8ac31705米国の船会社パシフィック・メール社は上海ルートをかなりの値下げをして挑戦してきたのです。
岩崎弥太郎は三井系の郵便汽船会社を三菱商会に吸収して、政府から巨額な補助金を与えてもらい何とか切り抜けるも、今度は英国系の船会社ペニュシュラル・オリエンタル社が立ちふさがるのです。
弥太郎は経営合理を実施して、大胆なリストラを行い、経費を節減し、運賃引き下げに対抗できる経営基盤を築きこれも切り抜けるのです。此処は「スゴイ」の一言です。
(旧岩崎宅の平面図)

昨日の記事で「運」がないと書きましたが、またまた撤回です。
此処からの弥太郎の三菱商会の発展は凄いです。
西南戦争が勃発です。もちろん弥太郎は政府軍につき、全面的協力し、三菱の所有する汽船はほとんど軍用船として活用し、この仕事を独り占めにし、これによって得た運輸代金は莫大な額が懐に転がりこんだのです。
同時に三菱は日本の海運をほぼ独占することにもなるのです。
弥太郎は多角化に乗り出します。為替業務、海上保険、倉庫業などの分野です。
三菱の口座で為替を組んだものは三菱の船舶を使い、荷物には三菱の保険をかけ、荷揚げには三菱の倉庫を使うという具合に、三菱の世話抜きには貿易ができない独占的システムを作り上げたのです。
戦争が起きれば、隣は儲かる!絵に描いたようなもので、三菱財閥は出来上がったのです。


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(写真上、旧岩崎宅表と裏)


「何だ!戦争で儲けたのか!」「なんか益々三菱の車に乗りたくなくなったなー」なんて言わないでください。
現在大手の企業はこのような話は一つか二つあるのですから!何も買うことができなくなりますよ!
例えば松下幸之助のナショナルは、誰が見ても「真似てる」と思う絵で、何とかという賞を貰った画家みたいに居直って「ピカソもコピーの天才だった」って言っていましたが、それに近い事しています。
他社の特許商品をコピーして製造販売して、裁判かけられた時は既に利益を十分にあげていて、ペナルティーを支払っても利益は残るという仕組みで伸びたそうです。
これも噂なので聞き流して許してください。松下さん!

本題にもどります。
その時代、独占禁止法がなかったにしろ、こんなことしたら誰か反発する人が出てくると思いませんか。それは誰か!では又、明日。