心の赴くままに!

赤に染まる朝日を見て、青空と白い雲を眺めて、金色の夕陽を見る、そして夜空の星に語りかける、、
そんな日々を過ごしたい。心の赴くままに!

坂本龍馬

九州バイクツーリング  17 龍馬の新婚旅行

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霧島市のホテルをいつもより朝早く出て「えびの高原」へ向かう。

九州では、阿蘇と同じく走りたかった道だ。

えびの高原から小林市までの「えびのスカイライン」、宮崎県側の国道223号「霧島バードライン」、えびの高原と霧島温泉を結ぶ「霧島道路」。韓国岳を周遊するこの3本の道の総称が霧島高原道路で、火山地帯だけにあちこちから噴煙が上り迫力満点のはずだ。

その前に国道223号を遡り、伏見の『寺田屋』に薩摩藩士を装い宿泊していた龍馬らは百数十名の伏見奉行配下の役人に取り囲まれ、異変に気付いたお龍は、入浴中にもかかわらず裸のまま飛び出しこの急を龍馬に知らせたという、この有名な話は知っているだろう!
その寺田屋事件で九死に一生を得た龍馬が、傷を癒す為に、西郷隆盛・小松帯刀の薦めで、
お龍とともに日本人初めての新婚旅行に訪れ、18日間過ごした塩浸温泉(しおびたしおんせん)に立ち寄る。

温泉棟の手前、川岸にぽっかり開いた湯船、大好きな龍馬が実際に入った風呂が残っていて感激だ。

実は龍馬が塩浸温泉来た慶応2年頃は、現在の国道223号のある川沿いには道は無かったので、反対側の崖の上にある塩浸集落から降りてきたのだそうだ。
その階段を見ていると、竜馬が下りてきそうでドキドキした。


さて、霧島高原道路は、どの道を選択しょうか!

岩崎弥太郎 その2

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(写真↑ 生家の背後にある蔵、壁面に三菱のスリーダイアのマーク)(写真右 表座敷に南面する小庭、石組は弥太郎が日本列島を形どって置いたものといわれている)


岩崎弥太郎は13代土佐藩主、山内豊照に秀才を認められ、21歳の時、彼は単身江戸へ遊学に出た。
江戸で勉学に励んでいた弥太郎ですが、江戸へ出てわずか1年、酒席での喧嘩がもとで投獄された父親の事を知り、高知に帰ってきた。
父親の免罪を訴えたことにより、弥太郎自身も投獄され、その後、村を追放された。
村を追放された弥太郎は、現在の高知市鴨田に住み、現在の高知市長浜で少林塾を開いていた吉田東洋のもとに入門し、才能を認められ弥太郎は土佐藩に登用されることになる。
長崎へ視察に行き、海外事情を学び、34歳の時、土佐藩の商社である土佐商会の長崎駐在員として長崎に赴任した。


ゆっくりとタバコを吹かしながら、老人の話は続いた。

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回目の交渉の場所長崎銭座町の聖徳寺、紀州側よりは明光丸艦長・高柳楠之助をはじめとする乗り組み九名、海援隊・いろは丸隊長・坂本龍馬をはじめとする八名で行われた。
 
艦長・楠之助 「さて、互い航海日誌の記録を照らし合わせたところ貴艦いろは丸の操縦間違い、不注意による衝突であったことはあきらかと思われる。わが紀州藩としては藩主より特別のご好意をもって見舞金一千両、一万両の貸与をくだし置かれるものとする」
隊長・龍馬 「待たれよ。我がいろは丸は船価三万両、積み荷数万両、それを沈めた見舞金が一千両とはなんですか。それに一万両を「貸してやってもよい」とは・・・」
艦長・楠之助 「されど、貴艦には船上に国際規約に基づきたるマストランプの灯火なく、非はそちらにあり。当方には賠償の責これなく・・・」 
隊長・龍馬 「マストランプの無しとの証拠、いずれにありや」
艦長・楠之助 「当方航日誌によれば、衝突の際、貴艦船員に問いただせし所、いろは丸にはもとよりマストランプこれなく候との証言あり」   
隊長・龍馬 「おい、ランプがついてなかったち、言うた船員は誰じゃ?」
いろは丸・船員 「・・・さあ・・・・」 
隊長・龍馬 「その船員の名をお聞かせ願いたく」    
艦長・楠之助 「当艦の士官・前田、岡崎の両名その証言を聞きしが、不覚にも貴艦船員の姓名を聞く事を忘れたり、」
隊長・竜馬 「なんじゃーそれ!」全員ズッコケル 
                      
とにかくさすが葵の御紋、紀州藩は「悪くない」の一点ばり。相手が土佐藩でなく、どこの馬の骨ともしれぬ海援隊という烏合の衆と知ったので居丈高になって、結局1回目は平行線。

龍馬と海援隊は、トボトボと帰って行くのでありしまた。・・・・・・・・では又、明日。

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5) 竜馬の妻、お竜
368eacd5-s彼女の人生も竜馬との時間が一番輝いていたように思う。
寺田屋に投宿していた龍馬が襲撃された際には、風呂に入っていたお龍が幕吏に取り囲まれたのをいち早く知り、裸で二階の龍馬らに急を告げた事件はあまりにも有名な話だ。
こんな時代の夜中、真っ暗だったと思うが、この時代だから勇気あったと思う。
日本で始めての新婚旅行の話も有名だ。現在の鹿児島県霧のえびの高原か生駒高原あたりに行ったのだと思うが、キャンピングカーで日本一周した時に一度行ったが、山々が赤く染まる夕日が本当に綺麗だった。
その時、「竜馬もこの夕日を見たのだろうか!」と思ったことを思い出した。

明治になり、彼女は放浪の人生を歩む。
土佐の龍馬の実家に迎えられるが一年ほどで土佐を離れる。京都に帰り、東山の霊山の麓に室屋を営むが、維持できず東京へ行き龍馬の旧友を頼る。
その後、西村松部と再婚して横須賀に住んだが、あまり幸せには見えない。
大酒を飲み酔うと口癖のように「上京して優しかったのは西郷だけだった。」「私は龍馬の妻だった」などとつぶやいたそうだ。
きっと生涯、竜馬との思い出を抱いて生きたのだろう。

竜馬伝「お竜」役は「真木よう子」顔は好きだが、エロ過ぎる。
しかし、竜馬は「お竜」に会う前「佐那」を好きだったはずだ。結婚の約束までした「佐那」から「お竜」に変わったのは、「お竜」の色気しかないと思う。
「真木よう子」は「お竜」役に適任かもしれない。

龍馬と女  4

4)佐那

96b45546-s有名な千葉周作は佐那の叔父さんになります。
千葉周作の弟定吉の娘が佐那なのです。

竜馬の関係した女性の中で、僕が一番好きなのが佐那です。
彼女は竜馬が亡くなっても生涯竜馬を思い、一人を通します。
竜馬が千葉道場に修行した3年間の思い出を抱いて、佐那は生きたのです。

しかし、僕の推測ですが、竜馬は佐那と結婚の約束をしていたと思います。
竜馬が始めて肉体関係を持った時、「佐那!一生一緒にいてくれ!」なんて言ったのに、江戸を離れて京都にいた時、竜とできてしまった。
「遠くの女より近くのブス」と誰かが言ってましたが、結果的に竜馬は佐那を裏切ったのです。
僕の分析では、なぎなたの名人であった佐那は綺麗で純粋だったが色気はなかった。一方お竜は色気ムンムンの女だったのではないかと思うのです。
佐那も竜馬が初めての男だったはず、本当に愛していたのではないでしょうか!

佐那はその後天涯孤独となります。
灸で生計を立てていましたが、その灸の患者である自由民権運動家の小田切謙明夫妻と懇意になり、佐那の死後小田切家の菩提寺である清運寺(山梨県甲府)に墓を建てたのです。墓には「坂本龍馬室」と刻まれており、龍馬を思い続けた佐那の気持ちを察した豊次夫人の思いやりが感じられます。



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3)加尾

798bc863竜馬にとって初恋の相手が、NHK大河ドラマ「竜馬伝」では広末涼子が演じる平井加尾(ひらいかほ)である。
土佐勤王党平井収次郎の妹で竜馬とは3歳年下で、姉乙女の一絃琴の稽古仲間だった。
坂本家より平井家の方が、身分は上である。美しく頭もよい加尾は、竜馬にとっては高値の華だったのだろう。僕のイメージも広末涼子である。
加尾も竜馬のことは好きだったようが、兄の平井収次郎は反対していたようだ。
収次郎から加尾の手紙の内容からもそのことが分る。
「坂本竜馬が昨二十四日亡命した。きっとそちらに行くだろう。竜馬が国を出る前日、おまえのことについて相談に来た。たとえ竜馬から、どんなことを相談されても、決して承知してはならない。お前は家にいて、父母に仕える身の上であるから、他人の為に、人につかわれることはできない。たしかに竜馬は人物ではあるが、書物を読まないから、時としては間違うこともあるから、よくよく心得ておくように」

加尾は、山内家の姫君が京都の公家の三条家にお嫁入りしたとき、その姫君に付き添って京都に上り、京都にいる土佐志士達の面倒をよくみたらしい。
身分の違い、家族の反対、加尾と竜馬は実らぬ恋だったようだ。この二人は竜馬の脱藩以来生涯会うことはなかった。

しかし、その後竜馬は心変わりしたようだ。
江戸で会った千葉道場の娘だ。「木綿のハンカチ」歌のようなもので、都会の洗練された女性に目が入ったのだろう。
竜馬が姉乙女に出した手紙の内容で「江戸で見染めた佐那に比べると加尾は少し劣る」と書いている。
僕も経験があるが、男だったら竜馬を理解できるだろう。(ぶんママに怒られる事を又書いてしまった。)

一方加尾は一途に竜馬を思っていたのではないかと思う。
竜馬が竜と結婚した年、何ヵ月後に諦めて加尾は元土佐勤王党員の西山志澄と結婚し、女の子を一人設けている。

明日は千葉道場の娘佐那にピントを!

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